沿革

1974年(昭和49)5月兵庫県立青少年文化センター(仮称)構想委員会設置
1975年(昭和50)3月兵庫県立尼崎青少年文化劇場建設委員会設置
1975年(昭和50)5月劇場の正式名称を「兵庫県立尼崎青少年創造劇場」に決定(愛称を公募により「ピッコロシアター」とする)
1977年(昭和52)10月1日兵庫県立尼崎青少年創造劇場運営委員会設置
1978年(昭和53)3月兵庫県立尼崎青少年創造劇場の設置及び管理に関する条例制定
1978年(昭和53)8月財団法人兵庫県文化協会が管理運営を受託
1978年(昭和53)8月19日開館
1981年(昭和56)4月山根淑子が館長に就任
1983年(昭和58)4月開館5周年記念事業としてピッコロ演劇学校を開校(本科定員50名)
1984年(昭和59)4月ピッコロ演劇学校に研究科を設置(定員20名)
1988年(昭和63)6月第10回サントリー地域文化賞受賞
1989年(平成元)3月ピッコロ演劇賞基金設置
1991年(平成3)5月神戸新聞奨励賞受賞
1992年(平成4)4月兵庫県立尼崎青少年創造劇場の管理運営が(財)兵庫県文化協会から(財)兵庫現代芸術劇場に移行
1992年(平成4)6月ピッコロ舞台技術学校を開校(定員40名)
1992年(平成4)6月ピッコロ演劇学校が久留島武彦文化賞受賞
1993年(平成5)5月県立ピッコロ劇団企画運営委員会設置
1994年(平成6)4月別館竣工
1994年(平成6)4月1日兵庫県立ピッコロ劇団発足(劇団員20人)
1994年(平成6)4月秋浜悟史氏が兵庫県立ピッコロ劇団代表に就任
1994年(平成6)6月兵庫県立ピッコロ劇団旗揚げ公演「海を山に」上演
1995年(平成7)1月17日阪神・淡路大震災発生、施設の一部破損。ピッコロシアター自主事業は4月分までを中止又は延期。貸館業務は1月31日まで中止
1995年(平成7)2月1日、地震のため閉館していたピッコロシアターの貸館業務再開
1995年(平成7)2月ピッコロ劇団が尼崎市の難波小学校を皮切りに、第1次被災地激励活動を開始。
演目は寸劇「ももたろう」「大きなカブ」(4月8日まで被災地域5市5町、52ヵ所を巡演)
1995年(平成7)10月日本財団の助成を受けて、ピッコロ劇団が第2次被災地激励公演「学校ウサギをつかまえろ」をピッコロシアターなど被災地域6市2町12ヵ所で14公演実施
1996年(平成8)3月ピッコロ劇団とピッコロシアターのシンボルマークを全国公募(応募1,295名・1,781点)、4月1日使用開始
1996年(平成8)10月兵庫県立ピッコロ劇団後援会の設立総会を開催。
同後援会(愛称=ピッコロサポートクラブ)発足
1998年(平成10)1月ピッコロ劇団が、第7回公演「わたしの夢は舞うー會津八一博士の恋ー」で平成9年度(第52回)文化庁芸術祭賞<演劇部門>芸術祭優秀賞を受賞
1998年(平成10)1月ピッコロ劇団が、第6回公演「風の中の街」および第7回公演「わたしの夢は舞うー會津八一博士の恋ー」 で第32回紀伊國屋演劇賞団体賞を受賞
1998年(平成10)4月ピッコロ劇団員5名増員し、25名体制に
1998年(平成10)11月ピッコロ劇団が、平成10年度尼崎市民芸術賞特別賞を受賞
1999年(平成11)4月財団法人兵庫県文化協会と財団法人兵庫現代芸術劇場を統合して設立された財団法人兵庫県芸術文化協会に管理運営を移行
1999年(平成11)4月ピッコロ劇団員が5名増員し、30名体制に
2001年(平成13)3月ピッコロシアター西側に駐車場用地(998.17㎡)を取得。
6月1日より使用開始
2002年(平成14)4月藤池 俊が館長に就任
2003年(平成15)4月別役 実氏が兵庫県立ピッコロ劇団代表に就任
2003年(平成15)8月兵庫県・ワシントン州姉妹提携40周年記念として、ピッコロ劇団が「さらっていってよピーターパン」(作=別役 実、演出=石本興司)をバグリー・ライト・シアター(シアトル)で上演。劇団初の海外公演
2004年(平成16)4月ピッコロ劇団員が2名増員し、32名体制に
2005年(平成17)1月ピッコロシアターがJAFRAアワード(総務大臣賞)を受賞
2005年(平成17)2月ピッコロ劇団創立10周年記念祝賀会を開催
2005年(平成17)4月ピッコロ劇団員が3名増員し、35名体制に
2006年(平成18)1月ピッコロ劇団が芸術文化センター公演を実施(第24回公演「KANADEHON忠臣蔵」)
2006年(平成18)4月公の施設の指定管理者の指定等に関する条例(平成16年条例第2号)により、兵庫県立尼崎青少年創造劇場の指定管理者として、財団法人兵庫県芸術文化協会が指定を受ける
2006年(平成18)8月兵庫県・西オーストラリア州姉妹提携25周年記念としてピッコロ劇団が「不思議の国のアリスの帽子屋さんのお茶の会」(作=別役 実、演出=平井久美子)をレディワードル・パフォーミング・アーツ・センター(パース)にて上演
2007年(平成19)7月ピッコロ劇団がチェーホフ記念国際演劇祭に参加、「場所と思い出」(作=別役 実、演出=松本修)をメイエルホリド・シアター・センター(モスクワ)にて上演
2008年(平成20)1月ピッコロ劇団が、第29回公演「モスラを待って」で平成19年度(第62回)文化庁芸術祭賞<演劇部門>芸術祭優秀賞を受賞
2009年(平成21)4月岩松 了氏が兵庫県立ピッコロ劇団代表に就任
2009年(平成21)10月8月の台風9号被災地でのピッコロ劇団被災地小学校激励活動を実施(佐用町、朝来市、宍粟市)
2010年(平成22)9月中学生のための演劇鑑賞体験事業ピッコロわくわくステージを開始。(初年度はモデル事業として、阪神間を対象に「さらっていってよピーターパン」を演目に実施。翌年度以降、県内全域を対象に本格実施。)
2011年(平成23)4月財団が「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」に基づく公益財団法人へ移行
2012年(平成24)4月大鳥裕士が館長に就任
2011年~2012年(平成23~24)東日本大震災被災地への演劇を通じた支援を実施。現地でのワークショップや公演、ピッコロシアターでの仙台の劇団の公演などを実施
2014年(平成26)1月ピッコロ劇団が、第47回公演「間違いの喜劇~現夢也双子戯劇(うつつはゆめふたごのたわむれ)~」で平成25年度(第68回)文化庁芸術祭<演劇部門>芸術祭優秀賞を受賞
2014年(平成26)4月ピッコロ劇団創立20周年
2014年(平成26)8月ピッコロ劇団ひょうご・東北交流公演「飛んで孫悟空」を福島県、宮城県で実施
2014年(平成26)12月ピッコロ劇団創立20周年記念祝賀会を実施
2015年(平成27)8月視覚障害者のための音声ガイド付き公演を、ピッコロ劇団ファミリー劇場「さらっていってよピーターパン」で初実施
2015年(平成27)11月ピッコロ劇団ひょうご・東北交流公演、おでかけステージ(小学校公演)「学校ウサギをつかまえろ」を宮城県七ヶ浜町、仙台市で上演
2016年(平成28)6月ピッコロわくわくステージとして初めての地域公演を実施。和田山ジュピターホール(朝来市)で上演。
2018年(平成30)8月開館40年を記念し、全館を会場に「真夏の昼の感謝祭」を開催
2018年(平成30)11月ピッコロ劇団代表・岩松了が兵庫県文化賞受賞
2019年(令和元)7月ひょうごユニバーサル社会づくり賞団体部門受賞

ピッコロシアターについて

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